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ヨガを生活すべてに活かして幸せを

私のヨガクラスの特長は、一度受けられた方は判りますが、受けていない方には中々想像できません。

なぜなら、アーサナの練習の前に、必ず日常生活の事柄からヨガの教えにつなげ、それによってヨガの練習意味を説いてから始めるからです。

その内容は、普段生活していてふと思い浮かべます。以前クラスをしていたティップネスワンでは、毎週違うトピックで5年以上続けました。

最近では、広島で毎月ワークショップを開催し、1時間30分以上そのトピックを掘り下げて、ヨガ哲学のクラスが展開されます。

先月広島で開催したワークショップのトピックをご紹介します。実際のクラスでは、それぞれのトピックについてじっくり語りますが、今回はトピックだけ取り上げます。

読者それぞれの方が、ご自分でそのトピックについて考えるのも一つの方法です。


広島ワークショップ(8月4日)開催のトピック

○「私」とは本当は誰なのか?

現代のスーパーコンピューターは、最早人間の人格を創造できてしまう。このことは、自分自身の性格や日ごろの思いや考えも、あるパターンによって自動的に創られていることを証明している。では、本当の自分とは一体何者であるのか?その問いに対する答えが、ヨガ哲学の知識(ギャーナ)によって導き出せる。

○オリンピックで感じる一体感と感動の源流は?

オリンピックの競技を通じて、国民は一つとなりその時一体感を感じる。その瞬間どんな人にも何か共通に感じる不思議な力を感じて感動する。ヨガで求めるアートマン、即ち真我も宇宙あらゆるところに遍く存在している。オリンピックの競技を通じて感じる一体感は、誰でもその存在を感じることができることを示している。しかしながら、その甘美な感動は一瞬で終わってしまう。

○ 一体感と同情の違い
震災で被災した人々に同情することと一体感とは、似ているようで実は全く違う。同情は、字の通り情を合わせることで、その過程は被災していない安全な自分と被災した困難な人々という区別が存在して、情だけを合わせる行為である。しかし、一体感とは、根本的に「エゴ」を取り除いたところに存在する。

○ヨガは最高に崇高な自分を見つける行為

ヨガは既に自分が持っている最高に崇高な自分に気づく行為である。その為、ヨガの練習姿勢やヨガスタジオにおいて、神聖なものを求める雰囲気がとても大切である。もしそうしたものが無ければ、たとうヨガをしているように見えても、一生自分自身の中に最高のものを見出せず、日常的なつまらない自分で人生を終えることになる。

○トリグナの制約と解放

この宇宙は物質原理即ちプラクリティより成り立っている。そして、そのプラクリティは3つの要素から構成される。サットバ・ラジャス・タマスである。そして、我々の意識が向上するのは、サットバの性質にいる時のみなので、日常生活でサットバに親しむようにしていく必要がある。


8月18日 土曜日 ケンヨカスタジオにていワークショップを開催します。

ケンヨガスタジオ  ワークショップ

第6回 広島ワークショップ

昨年の3月に初めて、広島でワークショップを開催して以来、今回で6回目のワークショップとなりました。

広島の皆さんのヨガに対する熱い想いが、毎回内容の濃いワークッショップとなり、いつも時間があっと言う間に過ぎ行く感じです。

当日日帰りでは朝4時に起きて広島へ飛行機で向かい、最終の飛行機8時45分発の15分前に空港に到着するまで、とても充実した一日となりました。

今回は震災直後の開催でしたので、このような困難な時代に、どのようにして我々はヨガの実践者として、生活したら良いかの観点も盛り込みました。これについては、別途コラムを書きたいと思います。

また、新たな試みとして、日本から世界に広まった禅の思想とヨガ哲学の相似性について解説しました。私は、10代の頃より禅に親しんでいますが、その中でも道元禅師の教えに強く影響を受けました。後年にヨガの哲学を学ぶと本質的には共通の思想であることが判りました。

道元禅師の言葉で、私が特に好きな言葉をご紹介したいと思います。

・「仏道とは、自己を習うもの」

仏道を習うということは、自己を習うのである。自己をならうとは、自己を忘れるのである。自己を忘れるとは、万法に証らされるものである。万法に証らされるとは、自己の身と心も、そして他人の身と心もなくなってしまうものである。

・「有時」

形として現れている時間が、すべての「時」なのである。存在としての草も存在としての形もみな「時」なのである。そのときそのときの「時」にすべての存在がありすべての世界があるのである。しばし、今の「時」から漏れてしまっている存在や世界があるのだろうか、しっかり考えてみるべきである。


また、今回のワークショップの内容です。


◎広島第6回ワークショップ

1) マイソールクラス (2時間)

ヨガ本来の練習が、このマイソールスタイルの中にあります。練習者は静寂の中で、自分の身体と心と対話しながら練習します。その手法は、練習者に深い満足を与えます。また指導者は個別に、練習者と一体感をもってポーズの手助けをします。

2) 陰ヨガと禅 (2時間)

このクラスは、ヨガと禅のコラボレーションクラスです。陰ヨガは、ひとつのポーズを長くすることで深いリラクゼーションと瞑想状態を作り出すのに効果的です。陰ヨガで十分にリラックスした後は、ディヤーナ(瞑想)と禅の関係性を説きながら、ヨガの観点から禅の思想を学びます。

3) アシュタンガヨガテクニカル (1.5時間)

アシュタンガヨガの有名なフレーズとして「99%プラクティス1%セオリー」があります。しかし、1%セオリーを理解しないままプラクティスを行っても、質の高い練習は望めません。今回はスタンティングやシッティングの各ポースの取りかたや、ジャンプスルージャンプバックの練習方法を学びます。

4) やさしいヨーガスートラ  (1.5時間)

ヨーガスートラは、ヴェーダに基づく6つの哲学体系のなかで実践により意識を高めるよーガ学派の経典です。しかし、その実践の書が難解なものとして認識されがちです。このクラスでは、なるべく実生活に役立つようにヨーガスートラのエッセンスを分りやすく解説して、より深いヨガの練習の手助けを目的にしています。


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スーリャナマスカーラ(太陽礼拝)のワークショップ

2月11日のティップネスワン日比谷で、スーリャナマスカーラのワークショップを行いました。当日は、雪が降りこの冬一番の冷え込みの中で、44名の方が参加され、会場は熱気で包まれました。

内容は、太陽礼拝の意味と太陽礼拝の実践ポイントについて解説しました。

アシュタンガヨガの創始者であるシュリ・K・パタビ・ジョイス師が、「アーサナとは祈りである」と説くように、その本質は自己の内面に向き合うことです。そして、太陽とは我々が生きる命の源です。

スーリャナマスカーラには、この大切な二つのポイントがもっとも良く現れている形として、ヨガの中でもっとも大切なポーズだと思います。

当日は、より深く今後の練習が出来るように、その意味につい詳しく説明しました。

また、後半の実践では、各ポーズの正確なアライメントについて学びました。ヨガの日々の練習も、手を抜いたアライメントで練習しても、その効果は望めません。その為に、心身の変化がより効果的になるよう、方具体的ポーズのとりかたを学びました。

当日は75分のクラスでしたが、あっという間に時間がたち、予定よりもオーバーしてクラスは終わりました。

天才バカボンから読み解くインド哲学  ヨガヨム24号

ヨガヨムの24号が発行され、コラムが紹介されました。

ブログ読者皆さんへサービスとして、タモリさんの「弔辞」全文の様子がYouTubeで見れますので、ご紹介します。

http://www.youtube.com/watch?v=EEbcF__-jSo&feature=player_embedded

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ナンセンスギャグの象徴でもある、今は亡き赤塚不二夫さんの『天才バカボン』が実はインド思想を背景にして語られていると知ると、皆さんは意外に思われるでしょう。しかし、それをひも解いて見ると、カルマヨガ(行為のヨガ)とは何かが良く理解できます。

『天才バカボン』では、実質的な主人公は、バカボンのパパです。そのバカボンのパパは生まれるとすぐに、仏陀が誕生した時に始めて語ったのと同じ「天上天下唯我独尊」と言う有名なフレーズを語っています。その意味するところは、三界(過去・現在・未来)の束縛から離れ、私は永遠に存在し続ける真我(アートマン)の存在であることを主張しているのです。つまり、バカボンのパパは、限りなく仏陀を意識して作られた、聖者の意味合いを持つキャラクターなのです。

そして、「バカボン」は漢字にすると「婆伽梵」または「薄伽梵」と書きます。これは仏教用語でお釈迦様の敬称であり、インドの言葉であるサンスクリット語を、中国で音写して作られた言葉です。その原典は「バガバァーン」で、全知全能者を意味します。

世界で聖書の次に読まれているインドの哲学書『バガヴァット・ギーター』は、「バガバァーン」の「ギーター(歌)」と言う意味です。では「バガヴァーン」とは、とは何者でしょうか。それは「バガ」、を有した者という意味です。その「バガ」の意味ですが、それは以下の6つの徳目を有 している存在です。

 1)アイシュワリヤ
    「過去」「現在」「未来」の三界を支配する者

 2)ヴィーリヤ(シャクティ)
    創造、維持、破壊の絶対的力を持つ者

 3)ヤシャ
    絶対的な神の名声を持つ者

 4)シュリヤハ
    三界の全ての富を持つ者
    このシュリーはインド人の名前でもよく使われています。

 5)ギャーナ
    無限の知恵を持つ者

 6)ヴァイラギヤ
    絶対的な無執着によって全てを放棄している者

 そして、バカボンのパパがいつも口するセリフが、「これでいいのだ」です。ヨガでは、我々人間は真実の世界をありのまま観ることはせず、幻の世界に生きていると考えていますが、我々が世界すべてを「これでいいのだ」とありのまま受け入れることができたら、真実の世界に到達することができるかもしれません。

 人間は、いつも自分の今ある境遇に不満を持ったり、自分のことを棚に上げ他人を批判しがちです。しかし、それらのすべての事柄を「これでいいのだ」と積極的に受け入れた時、もっと楽にそしてより自由に生きることができるのではないでしょうか。

ところでヨガ哲学では、人間が輪廻転生の中で苦しみ続ける原因として、カルマを説いています。そして、そのカルマを更に分析すると3つの種類に別けられます。

1)サンチッタカルマ
  長い輪廻転生で人間の意識の底に、蓄積されているもの。

2)プララルダカルマ
過去の蓄積されたカルマが、今の人生で現象として生じているもの

3)アーガミカルマ
  今現在から未来に向けて新たに作られるカルマ

 物事の現象には、必ず原因と結果があります。我々が現在この世に生まれ今生きているのも、過去の原因の結果なのです。しかし人間は、せっかく過去に作った原因によって具体化されているプララルダカルマを、すべて受け入れ解消することをしません。つまり今の現状を理解し受け入れることなく、不平不満を持つことで新たなアーガミカルマを作り出し、永遠に続くような輪廻転生の苦しみに迷い込んでしまいます。

しかし、赤塚不二夫さんはその輪廻転生から脱出する方法を、あるキャラクターを登場させることで、皆さんに説いています。それが、「レレレのおじさん」です。実は彼は、お釈迦様のお弟子の一人で「掃除」で悟りをひらいたチューラパンタカ(周利槃特=しゅりはんどく) をモデルにしていると言われています。

チューラパンタカは、悟りを得ようと仏陀の弟子になりますが、仏教を勉強するのが苦手で僧院でいわゆる落ちこぼれになり、自分の頭の悪さを呪い一人悩みました。仏陀をその様子を見て、彼にほうきを渡し、仏教を勉強する代わりに毎日僧院をほうきで綺麗にすることに専念しなさいと説きました。それ以来彼は仏陀の言いつけを忠実に守り掃除に専念し、最後には自分自身のカルマも掃き清め悟りに至ったと言われています。

つまり、人間は何も特別なことをしなくても、今自分自身に課せられている様々な事柄を不平不満を言わず、一生懸命純粋に専念してすることでカルマが解消されることを示しているのです。

『バガヴァット・ギーター』では、カルマヨガについて次のように説明しています。
「行為そのものに専念した者は、行為の結果に執着せず、究極の静寂に達する。行為そのものに専念せず、欲望に囚われ結果に執着すると、人は束縛に支配され静寂を失う」
(第5章 12節)

カルマヨガと言うヨガ哲学を知らなくとも、『天才バカボン』を読んでいると、無意識にカルマヨガ(行為によって悟りを拓くヨガ)の本質が、自然と理解されていることが素晴らしいところです。、そして、それは無理なく我々を導いてくれる、とても内容の深い読みものとなり、単なるナンセンスギャグの漫画とは異なることが判ります。

 その意味で『天才バカボン』は現代版『バガヴァット・ギーター』であり、バカボンのパパは、現代版の覚者ではないでしょうか。そして、我々を悩み多い「マーヤ(幻)」から解放させてくれるキーワードば、「これでいいのだ」ということになるのでしょう。

 赤塚不二夫さんの葬儀に、タモリさんが白紙を前に読んだ素晴らしい弔辞の中で、故人を次のように称えています。

 「あなたの考えは、すべての出来事、存在をあるがままに、前向きに肯定し、受け入れることです。それによって人間は重苦しい陰の世界から解放され、軽やかになり、また時間は前後関係を断ち放たれて、その時その場が異様に明るく感じられます。この考えをあなたは見事に一言で言い表しています。すなわち『これでいいのだ』と」

 人生そのものをギャグとして捉え、自らの死をもギャグとしてしまった赤塚不二夫さん。この世が「マーヤ(幻)」であるとしたならば、彼の生き方 こそ「バガ」を有した「バガヴァーン」だったのではないでしょうか。



プロフィール

ユキオ

Author:ユキオ
学生時代の頃より、東洋思想・インド哲学に親しむ。特にインドの思想家のクリシュナムルティと禅の道元禅師に影響を受ける

1998年 背中の強い痛みの改善としてヨガを始める佐保田鶴治氏、番場一雄氏、アイアンガー氏の著作をもとに毎日自宅にてアーサナの実習を行う。
2001年 綿本彰氏の綿本ヨーガスタジオにて、ハタヨガのアーサナの指導を受ける指導者養成コース上級終了 呼吸法コース終了
2003年 ケン・ハラクマ氏のIYCにて、アシュタンガヨガの指導受ける。IYCアシュタンガヨガ指導者コース終了
現在 IYCにて指導中

昼間は、システムエンジアとして背広を着てます。

問い合わせ・連絡先メールアドレス
asathomaom@gmail.com

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